top of page

金曜相続劇場 第1章 青山華子さんのケース「几帳面な夫が残したもの」



第4話 長女が黙っていたこと

前回のあらすじ:仏壇とお墓の話し合いの中で「供養は形じゃない」と気づいた華子さん。「お父さんのことは、私が決めていい気がしてきた」と初めて自分の意思を口にした。

「ねえ、お母さん自身のことも、そろそろ話し合っておきたいんだけど」

華子さんが切り出すと、美咲が少し困った顔をした。

「お母さん、まだお父さんのことだって……」

「だからよ」

華子さんは穏やかに言った。「お父さんのことがあったから、わかったの。元気なうちにちゃんとしておかないといけないって」

美咲と健一は顔を見合わせた。二人にとって、母親がこんなに落ち着いて「自分の死後」の話をしていることが、まだどこか受け入れられなかった。

「実はね、こんなものが出てきたの」

華子さんが取り出したのは、古い封筒だった。


几帳面な夫が、書きかけていたもの

几帳面な人だったから、夫の書類はきちんと分類されていた。通帳、保険証書、権利書——ひとつひとつ確認していくと、一番奥のファイルに見慣れない封筒が入っていた。

封はされていなかった。中には便箋が数枚。

書きかけの遺言書だった。

法的な効力はない。日付も署名もなかった。でも夫の几帳面な字で、こう書いてあった。

「美咲へ。5年間、本当にありがとう。お父さんはちゃんとわかっていたよ。健一へ。お母さんのことを、頼む」

その下に、財産のことをどうしたいか、書きかけの文章が続いていた。でもそこで、ペンが止まっていた。

健一は黙って読んだ。美咲は途中で顔を上げられなくなった。

「お父さん、知ってたんだね」

美咲がそう言った。華子さんが「知ってたよ。お母さんも」と返した。

しばらく、誰も口を開かなかった。


5年間、誰も知らなかったわけじゃない

最初に口を開いたのは健一だった。

「……知ってるよ、俺も」

視線を落としたまま続けた。「美咲がどれだけ動いてたか。知ってて、任せてた」

週に3回の通院付き添い。認知症の症状が出始めてからは、仕事の合間に様子を見に来てくれた。夜中に夫が混乱して電話をかけてきたこともあった。美咲はその度に飛んできた。一度も「大変だ」と言わなかった。

「美咲、ありがとう」

華子さんがそう言うと、健一も続けた。

「……ありがとな」

短い一言だった。でも美咲の表情が、すっと緩んだ。「なんだよ急に、やめてよ」と笑いながら、目を拭った。


寄与分という制度がある

後日、華子さんは南青山の事務所に相談に行った。美咲がしてくれたことを、相続の上でどう考えればいいのか知りたかった。

「寄与分という制度があります」

そう教えてもらった。介護や療養看護などで故人に特別な貢献をした相続人は、その分を考慮して多く相続できる可能性があるという。

ただ、こうも言われた。

「実際に認められるかどうかは、状況によって大きく異なります。家族として普通にやったこととの線引きが難しく、希望通りの金額にならないケースも少なくありません。法的に解決できることと、できないことがあります」

感情的なモヤモヤと、法的な権利は別の話だということも。

華子さんはその言葉を聞きながら、ひとつのことを決めていた。

法律がどう判断するかより先に、自分の気持ちをちゃんと形にしたい。お父さんが書きかけたまま止まってしまった続きを、私が書く。

「遺言書を書こうと思います。お父さんが伝えきれなかったことを、私が形にしたい」

華子さんがそう言うと、事務所の担当者が静かに頷いた。


てるみんからひとこと

このようなケースは、実際の相談現場でもよく見かけます。

介護をした側とそうでない側で、相続のときにモヤモヤが生まれることはよくあります。2019年7月の民法改正で「特別寄与料」という制度が生まれ、それまで相続人にしか認められなかった介護の貢献が、お嫁さんなど相続人以外の親族にも認められるようになりました。さらに2023年4月には寄与分の請求期限が相続発生から10年以内と明確になりました。

ただし実務上、認められるハードルは高いのが現実です。「家族として普通にやったこと」との線引きが難しく、希望通りの金額にならないケースも少なくありません。

だからこそ「元気なうちに、自分の気持ちを形に残しておくこと」が大切です。遺言書には財産の分け方だけでなく「付言」といって家族へのメッセージを添えることができます。法的な効力はありませんが、「ありがとう」「わかっていたよ」の一言が、残された家族の気持ちをどれだけやわらかくするか。現場で何度も目にしてきました。

法律より先に、家族の言葉が相続をやわらかくします。

まずは現状を整理するところから。無料相続診断、お気軽にどうぞ。


次回予告

最終話・第5話「華子さんが動き出した日」。「お父さんの続きを、私が書く」と決めた華子さんが、南青山の事務所で自分の意思を形にしていく。5話完結。

コメント


bottom of page