金曜相続劇場 第1章 青山華子さんのケース「几帳面な夫が残したもの」
- 稲場 晃美
- 4月24日
- 読了時間: 4分

第4話 長女が黙っていたこと
前回のあらすじ:仏壇とお墓の話し合いの中で「供養は形じゃない」と気づいた華子さん。「お父さんのことは、私が決めていい気がしてきた」と初めて自分の意思を口にした。
「ねえ、お母さん自身のことも、そろそろ話し合っておきたいんだけど」
華子さんが切り出すと、美咲が少し困った顔をした。
「お母さん、まだお父さんのことだって……」
「だからよ」
華子さんは穏やかに言った。「お父さんのことがあったから、わかったの。元気なうちにちゃんとしておかないといけないって」
美咲と健一は顔を見合わせた。二人にとって、母親がこんなに落ち着いて「自分の死後」の話をしていることが、まだどこか受け入れられなかった。
「実はね、こんなものが出てきたの」
華子さんが取り出したのは、古い封筒だった。
几帳面な夫が、書きかけていたもの
几帳面な人だったから、夫の書類はきちんと分類されていた。通帳、保険証書、権利書——ひとつひとつ確認していくと、一番奥のファイルに見慣れない封筒が入っていた。
封はされていなかった。中には便箋が数枚。
書きかけの遺言書だった。
法的な効力はない。日付も署名もなかった。でも夫の几帳面な字で、こう書いてあった。
「美咲へ。5年間、本当にありがとう。お父さんはちゃんとわかっていたよ。健一へ。お母さんのことを、頼む」
その下に、財産のことをどうしたいか、書きかけの文章が続いていた。でもそこで、ペンが止まっていた。
健一は黙って読んだ。美咲は途中で顔を上げられなくなった。
「お父さん、知ってたんだね」
美咲がそう言った。華子さんが「知ってたよ。お母さんも」と返した。
しばらく、誰も口を開かなかった。
5年間、誰も知らなかったわけじゃない
最初に口を開いたのは健一だった。
「……知ってるよ、俺も」
視線を落としたまま続けた。「美咲がどれだけ動いてたか。知ってて、任せてた」
週に3回の通院付き添い。認知症の症状が出始めてからは、仕事の合間に様子を見に来てくれた。夜中に夫が混乱して電話をかけてきたこともあった。美咲はその度に飛んできた。一度も「大変だ」と言わなかった。
「美咲、ありがとう」
華子さんがそう言うと、健一も続けた。
「……ありがとな」
短い一言だった。でも美咲の表情が、すっと緩んだ。「なんだよ急に、やめてよ」と笑いながら、目を拭った。
寄与分という制度がある
後日、華子さんは南青山の事務所に相談に行った。美咲がしてくれたことを、相続の上でどう考えればいいのか知りたかった。
「寄与分という制度があります」
そう教えてもらった。介護や療養看護などで故人に特別な貢献をした相続人は、その分を考慮して多く相続できる可能性があるという。
ただ、こうも言われた。
「実際に認められるかどうかは、状況によって大きく異なります。家族として普通にやったこととの線引きが難しく、希望通りの金額にならないケースも少なくありません。法的に解決できることと、できないことがあります」
感情的なモヤモヤと、法的な権利は別の話だということも。
華子さんはその言葉を聞きながら、ひとつのことを決めていた。
法律がどう判断するかより先に、自分の気持ちをちゃんと形にしたい。お父さんが書きかけたまま止まってしまった続きを、私が書く。
「遺言書を書こうと思います。お父さんが伝えきれなかったことを、私が形にしたい」
華子さんがそう言うと、事務所の担当者が静かに頷いた。
てるみんからひとこと
このようなケースは、実際の相談現場でもよく見かけます。
介護をした側とそうでない側で、相続のときにモヤモヤが生まれることはよくあります。2019年7月の民法改正で「特別寄与料」という制度が生まれ、それまで相続人にしか認められなかった介護の貢献が、お嫁さんなど相続人以外の親族にも認められるようになりました。さらに2023年4月には寄与分の請求期限が相続発生から10年以内と明確になりました。
ただし実務上、認められるハードルは高いのが現実です。「家族として普通にやったこと」との線引きが難しく、希望通りの金額にならないケースも少なくありません。
だからこそ「元気なうちに、自分の気持ちを形に残しておくこと」が大切です。遺言書には財産の分け方だけでなく「付言」といって家族へのメッセージを添えることができます。法的な効力はありませんが、「ありがとう」「わかっていたよ」の一言が、残された家族の気持ちをどれだけやわらかくするか。現場で何度も目にしてきました。
法律より先に、家族の言葉が相続をやわらかくします。
まずは現状を整理するところから。無料相続診断、お気軽にどうぞ。
次回予告
最終話・第5話「華子さんが動き出した日」。「お父さんの続きを、私が書く」と決めた華子さんが、南青山の事務所で自分の意思を形にしていく。5話完結。
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