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金曜相続劇場第1章 青山華子さんのケース「几帳面な夫が残したもの」

供養の形
供養の形

第3話 供養って、なんですか


前回のあらすじ:二次相続の試算を見て青ざめた美咲と健一。マンションを売るか、引き継ぐか、3つの選択肢が示されたが、感情と数字の両方が絡まって結論は出ないままだった。


「ねえお母さん、仏壇どうするの」

マンションの話し合いが行き詰まってしばらく経った頃、美咲がふとそう言った。

華子さんのリビングの一角に、夫の実家から引き継いだ仏壇が鎮座している。高さが120センチはある、重厚な黒塗りの仏壇だ。毎朝手を合わせるのが習慣になっていたから、自分のマンションにあることが当たり前になっていた。でも言われてみると、これをどうするかは誰も口にしてこなかった。

「売るにしても売らないにしても、先に決めとかないといけないよね」

美咲の言葉はもっともだった。


お墓は誰が守るのか

翌週末、健一が横浜から出てきた。仏壇の話もあったが、本題はお墓だった。青山霊園にある墓は夫の名義で、使用許可証も夫の名前で発行されている。名義変更が必要になるが、誰の名前にするかが決まっていなかった。

「長男がやるもんじゃないの、普通」

健一がそう言うと、美咲がすかさず返した。

「普通って何。健一は横浜でしょ。お彼岸のたびに来られるの?」

「じゃあお前がやれよ」

「私だって毎回は難しいし……」

また、いつもの平行線だった。

華子さんはその様子を黙って見ていた。お墓の承継者を法律が決めているわけではない。慣習として長男が継ぐことが多かっただけで、誰が引き継いでも構わない。でも「誰が実際に守れるか」という現実と「長男が継ぐべき」という感覚のズレが、二人の間に小さなしこりを作っていた。


仏壇を誰かに押しつけることが、供養なのか

その夜、華子さんは一人でお茶を飲みながら、ずっと気になっていたことを考えていた。

「仏壇、誰かが引き取らないといけない」という前提で話が進んでいるけれど、本当にそうだろうか。美咲の家に押しつけて、気を遣わせることがお父さんの望みだろうか。健一に「長男だから」と押しつけることが、供養になるのだろうか。

以前、知り合いの葬儀屋さんがこんなことを言っていた。

「供養という字はね、人と共に養うと書くんですよ。形じゃないんです」

その言葉が、今になって胸に響いた。

あの大きな仏壇がなければ、夫を思えないわけじゃない。毎朝手を合わせる習慣は続けられる。最近は手元供養という形もあると聞いた。小さな器に遺骨の一部を納めて、身近に置いておく。形は変わっても、共に養う気持ちは変わらない。


華子さんが口を開いた

翌日、また三人が揃った。健一と美咲が同じ言葉を繰り返し始めた頃、華子さんはゆっくりと口を開いた。

「ねえ、仏壇って必ずあの形じゃないといけないの?」

二人が黙った。

「供養って、人と共に養うって書くんですって。知り合いに教えてもらったの。形じゃなくて、気持ちの話だって」

美咲が少し驚いた顔をした。「お母さん……それって、仏壇じまいを考えてるってこと?」

「あの大きな仏壇を誰かに押しつけることが供養じゃないと思って。お父さんもそんなこと望んでいないでしょ」

しばらく沈黙が続いた。健一が「……そうかもな」と小さく言った。珍しく、二人の意見が同じ方向を向いた瞬間だった。

それから少しして、華子さんがもう一言付け加えた。

「お父さんのことは、私が決めていい気がしてきた」

マンションをどうするかは、まだ決まっていない。でも何かが、静かに動き始めた気がした。


てるみんからひとこと

このようなケースは、実際の相談現場でもよく見かけます。

ひとつ気づいていることがあります。お墓参りを家族で続けてきた家庭は、相続で揉めることが少ない。これはデータではなく、現場で感じてきたことです。定期的にお墓の前に集まる時間が、自然と「親の老後どうしよう」「実家どうする?」という話のきっかけになっていたのかもしれません。

逆に言えば、その場がないまま突然「遺産分割を」となると、家族がバラバラの方向を向いたまま話し合いに臨むことになる。

仏壇やお墓の承継を遺言書に明記しておくことも大切ですが、それ以上に「家族が同じ方向を向く時間」を意識的につくっておくこと。それが一番の相続対策かもしれません。


次回予告

第4話「長女が黙っていたこと」。華子さんが動き始めた一方で、美咲が5年間誰にも言えずにいたことが、ある日ぽろりとこぼれ出る。介護と寄与分、感情と法律がぶつかる。

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