金曜相続劇場第1章 青山華子さんのケース「几帳面な夫が残したもの」
- 稲場 晃美
- 2 日前
- 読了時間: 5分

第1話 貸金庫の鍵
「そろそろ実家をどうにかしなきゃ」と思いながら、何年も経っていませんか?夫を亡くして初めて気づくことがあります。権利書、貸金庫、家族の本音——。港区白金台に暮らす青山華子さん(72歳)の実家じまいが、静かに始まりました。
夫の四十九日が明けた頃、長女の美咲が神妙な顔でやってきた。
「お母さん、一つ聞いていい?お父さん、銀行の貸金庫持ってなかった?」
華子さんは少し考えて、うなずいた。そういえば、結婚して間もない頃、夫が「大事なものは全部ここに入れてある」と言っていた気がする。どこの銀行か、何が入っているのかは知らなかった。夫がすべて管理していたから。
「やっぱりそうか。通帳の引き落とし履歴に貸金庫の年会費があったんだよね。何が入ってるか確認したくて」
几帳面な夫が残したもの
亡くなった夫は、大手商社に40年勤め上げたサラリーマンだった。几帳面で慎重な人だった。定年退職のとき、退職金と長年の貯蓄を合わせて、南北線白金台駅徒歩5分の区分マンションを現金で購入した。ローンは一切なかった。
「お父さんらしいよね。几帳面すぎるくらい几帳面だったから」
マンションの権利書はすぐに見つかった。自宅の金庫にきちんと保管されていた。でも20年前に現金で購入したときの売買契約書が見当たらない。自宅中を探し回っても出てこなかった。
「もしかして、貸金庫の中かな」
美咲がそう言った瞬間、華子さんは何となく嫌な予感がした。
貸金庫が開けられない
翌日、美咲と一緒に銀行へ行った。中身を確認したいと伝えると、窓口の担当者は丁寧に、しかしきっぱりと言った。
「名義人の方がお亡くなりになった場合、相続手続きが完了するまで貸金庫はお開けできません。相続人全員の署名と実印、戸籍謄本一式をお持ちいただく必要があります」
「中身を見るだけでもダメなんですか?」
「申し訳ございませんが、規則上できないんです」
帰り道、美咲はため息をついた。
「何が入ってるかも確認できない。健一お兄ちゃんは横浜にいるし、戸籍謄本も揃えなきゃいけないし……」
「なんか、ぐるぐるしてるね」
華子さんが言うと、美咲は「そうなの、ぐるぐるしてるの」と力なく笑った。
貸金庫の中身は相続人全員の共有財産とみなされる。「とりあえず見たいだけ」でも、相続人全員の署名・実印・戸籍謄本が必要になる。夫は悪気があってそうしたわけではない。大切なものを守ろうとしただけだ。でもその几帳面さが、こんな形で家族を困らせることになるとは思っていなかっただろう。
登記簿の住所も古いままだった
貸金庫問題と格闘しながら、美咲はもう一つ気になることを調べていた。マンションの登記簿だ。
法務局で取り寄せてみると、記載されていた住所は15年前に引っ越す前のものだった。
「これ、売るときに問題になるよ。住所変更登記をしないといけない。しかも2026年4月から義務化されたから、2年以内に手続きしないと過料になるんだって」
「大丈夫大丈夫、そのくらいすぐ終わるって」
電話で報告すると健一はあっけらかんとしていた。
「お兄ちゃんはいつもそう言うんだから」
美咲がぼやいた。
「一次相続」で終わりじゃなかった
改めて資産を整理すると、白金台のマンション評価額約1億3,000万円、現金と預金が合わせて5,000万円、それから青山霊園のお墓。
「一次相続は配偶者控除があるから大丈夫大丈夫」と健一は笑った。確かに今回の相続では、華子さんが夫の財産をすべて引き継いでも相続税の心配はほぼなかった。
数週間後、美咲がファイルを持ってやってきた。
「相続診断士の稲場晃美さんに相談してみたの。そしたら二次相続のリスクがあるって言われて、港区にいい税理士さんがいるからって紹介してもらったんだけど、その先生の試算がね……」
美咲が差し出した紙を見て、華子さんは言葉を失った。
二次相続。つまり、今度は華子さん自身が亡くなったときの相続のことだ。試算によると、総資産1億8,000万円に対して使える基礎控除は4,200万円しかない。あくまで概算だが、課税対象は1億3,800万円にもなる可能性があるという。
「お母さん、二次相続って知ってる?」
「お兄ちゃんに見せたら『え、マジで?』ってようやく顔色が変わったよ」
美咲の声は、電話越しでも青ざめているのがわかった。
マンションをどうするか。売って分けるのか。どちらかが引き継いで代償金を払うのか。でも現金は5,000万円しかない。
金額の問題はわかった。でも華子さんには、それ以上に気になることがあった。青山霊園のお墓は誰が守るのか。夫の仏壇はどこへ行くのか。50年分の荷物は誰が片付けるのか。
「売る前に、やることが山ほどある」
金額より先に、気持ちと向き合わなければならないことがあった。
てるみんからひとこと
このようなケースは、実際の相談現場でもよく見かけます。
貸金庫は、親が元気なうちに生前解約して中身を家族と一緒に確認しておくことをおすすめします。どうしても使い続けたい場合は、遺言書だけは法務局の自筆証書遺言保管制度に預けてください。貸金庫に遺言書が入っていると、開けることも確認することもできない状態になります。
「親が貸金庫を持っているかどうか」。まずそこから聞いてみてください。実家じまいは、親が生きているうちから始まっています。
なお、相続診断士である私の役割は、こうしたリスクに気づいていただき、必要に応じて税理士・弁護士・司法書士など信頼できる専門家につなぐことです。南青山を拠点に、港区エリアの専門家ネットワークと連携しながら、皆さんの実家じまいを一緒に考えます。
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