火曜人生劇場|川崎洋子さんの終の棲家探し
- 稲場 晃美
- 4月7日
- 読了時間: 4分

第2話:夫はLDKを知らない
画面の向こうに、てるみんの顔が映った。
「川崎さん、今日はご主人もご一緒なんですね。はじめまして」
ジョンが少し前のめりになって、カメラに向かった。
「Hi, I'm John. Nice to meet you.」
AIの同時通訳が、ジョンの言葉を日本語に変えた。洋子は少し笑った。こんな形で相談が始まるとは、半年前には想像もしていなかった。
「では早速、いくつか気になる物件を見ていきましょうか」
てるみんが画面に資料を共有した瞬間、ジョンの表情が変わった。
2LDKって何だ
「ちょっと待ってくれ」
ジョンがラップトップを指差した。
「この『2LDK』というのは何だ?ベッドルームが2つということか?それともリビングが2つあるのか?」
洋子は説明しようとした。LはリビングでDはダイニングでKはキッチンで——でも口に出してみると、自分でもうまく説明できないことに気がついた。リビングとダイニングは別の部屋なのか、一緒の部屋なのか。キッチンはどこからどこまでがキッチンなのか。
「つまり、リビングとダイニングとキッチンが一体になったスペースに、ベッドルームが2つついている、ということ?」
「……そう、かな」
「なぜそれを『2LDK』という記号で表すんだ。2 Bedrooms / 1 Living-Dining-Kitchenと書けばいいじゃないか」
てるみんが静かに笑いをこらえているのが、洋子にはわかった。
疑問が止まらない
間取り図を見ながら、ジョンの疑問は止まらなかった。
「バスルームが1つしかない。しかもシャワールームにトイレがついていない?」
洋子が「トイレは別の部屋なの」と説明すると、ジョンは首を傾けた。
「なぜ隔離されているんだ。アメリカでは全部一緒の部屋だ。手を洗うためにわざわざ別のドアを開けるのか?」
「でも日本では3点独立って言って、むしろ高級な設備なのよ」
「3点独立……」ジョンはその言葉を繰り返した。「つまりトイレ・バス・洗面所が全部別々の部屋ということか。それが豪華なのか」
納得はしていない顔だった。
次に目に止まったのはキッチンだった。
「オーブンはどこだ?」
「日本にはオーブンレンジはあるけど、ビルトインオーブンはないのよ」
「では何でピザを焼く」
「この引き出し、魚焼きグリルがあるから——」
「この小さな引き出しで?」ジョンは画面に顔を近づけた。「本当にこれで焼くのか」
「魚を焼くものだから——」
「魚専用のオーブンがあるのか」
洋子はもう笑いをこらえるのをやめた。
「クローゼットもずいぶん小さいな」とジョンは続けた。「ロンドンからシンガポールまで持ち歩いてきたキャンプ道具はどこに入れるんだ。まさか外か」
「収納は工夫するものなの」
「工夫ではなくWalk-in closetが必要だ」
その光は何sq ftなんだ
しばらくして、ジョンはラップトップで何かを調べ始めた。
「1帖が何sq ftか計算してみた。約1.65平方メートル、つまり17.76 square feetだ。しかしこれ、地域によってサイズが違うと書いてある。京間と江戸間で異なるとは——」
「そうなのよ」
「規格化されていないのか」ジョンの眉間にわずかに皺が寄った。「単位というのは世界共通であるべきだ」
一方で洋子は、さっきから別の物件が気になっていた。資料には大した情報がない。でも写真に映った窓からの光が、なんとなく好きだった。
「ねえ、この部屋、なんかいいと思わない?」
「どれだ」とジョンが画面を見た。「何平米だ?築何年だ?管理費は?」
「そういうんじゃなくて、なんか、窓からの光が好きな感じ」
ジョンは少し黙った。
「その光は何sq ftなんだ」
洋子は笑い出した。止まらなかった。
価値観の通訳
てるみんが静かに口を開いた。
「お二人を見ていて、とてもよくわかりました」
ジョンの同時通訳が動いた。
「住まい選びって、数字で測れるものと、測れないものがあるんですよね。ジョンさんは測れるものをきちんと把握したい。洋子さんは測れないものを大切にしたい。どちらも正しいんです。まずそこを整理するところから始めましょうか」
ジョンがてるみんの言葉を聞いて、少し表情が和らいだ。
「それは——合理的だ」
洋子はまた、小さく笑った。
てるみんからひとこと
ご夫婦で住まいを選ぶとき、価値観がぶつかることはよくあります。どちらが正しいのではなく、何を大切にして選ぶかを整理することが大切です。
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次回 第3話:「駅から5分」が夫に刺さらない理由 候補エリアを絞り始めたとき、洋子とジョンの「理想の場所」がまったく違うことがわかった。


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